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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和51年(ネ)103号 判決

控訴人 笹川嘉勝

右訴訟代理人弁護士 岡田義明

右訴訟復代理人弁護士 久保雅史

被控訴人 竹島製作所こと 竹島立夫

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  控訴人は「1原判決を取消す。2被控訴人は控訴人に対し金七八万円及びこれに対する昭和五〇年二月一日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。3訴訟費用は第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。」旨の判決および仮執行宣言を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。

第二  当事者の主張

一  控訴人の請求原因

1  控訴人は原判決別紙目録(これを引用する)記載の約束手形一通(以下本件手形という)を所持している。本件手形の第一裏書人欄には「増山進」と記載され第一被裏書人欄は白地である。

2  被控訴人は本件手形を振出日および受取人欄白地のまま振出し、受取人欄は訴外増山進が、振出日欄は控訴人がそれぞれ補充権に基づいて補充した。

3  控訴人は本件手形を支払期日に支払場所で支払のために呈示したが支払を拒絶された。

4  よって、控訴人は被控訴人に対し本件手形金七八万円及びこれに対する支払期日の後の昭和五〇年二月一日から支払済まで手形法所定年六分の割合による利息の支払いを求める。

二  請求原因に対する被控訴人の認否

請求原因1ないし3はいずれも認める。

三  被控訴人の抗弁

1  本件手形は被控訴人が訴外有限会社泰永産業の専務取締役訴外増山進から依頼を受けて同社のために振出し訴外増山進に交付した融通手形であるところ、控訴人は訴外有限会社泰永産業の代表取締役であり、本件手形が融通手形であることを知って取得したものであるから、被控訴人には本件手形の支払義務はない。

2  仮に右主張が認められないとしても、本件手形は右のとおり被控訴人から訴外泰永産業に対して融通手形として振出されたものであり、控訴人は同社の取締役増山進の依頼を受けて同社のために割引く目的でこれを取得したものであるが、その割引金を同社に交付していないから、控訴人には本件手形を請求する権利がない。

3  また、仮に右主張が認められないとしても、被控訴人は控訴人に対し次のとおり有限会社法第三〇条の三第一項による損害賠償として金一四八万円及びこれに対する昭和四九年一二月三一日から支払済まで年六分の割合による利息相当分の請求権を有するところ、被控訴人は昭和五〇年一二月九日の原審第三回口頭弁論期日において、本件手形金と右損害賠償請求権とを対当額で相殺する旨意思表示した。すなわち、

(一) 控訴人は訴外有限会社泰永産業が設立された昭和四七年八月二八日以来今日までその代表取締役の地位にあったから同人は同社の財産を管理し取締役を指揮監督すべき義務を負っていた。

(二) ところが控訴人は同社の取締役であった訴外増山進に対し代表取締役である控訴人の名を用いて手形の振出しその他の取引行為をなす一切の権限を与え、かつ同社の財産管理、経営の全部を訴外増山進に任せたまま、控訴人は名目上の代表取締役に過ぎないと称して同人に対する指揮監督義務を怠っていた。

(三) ところで、右のとおり同社の経営全般を任されていた訴外増山進は昭和四九年八月ころ訴外有限会社窪工作所振出しの手形が不渡りとなって回収不能債権が発生し資金繰りが一段と悪化するに至ったため、訴外有限会社泰永産業振出しの手形を濫発し、支払期日である同年一二月三一日には全く支払いができる見込みがなかったのに、同年八月末ころ額面一四八万円、支払期日同年一二月三一日、支払地高岡市、支払場所高岡信用金庫和田支店、受取人欄白地、振出人訴外有限会社泰永産業の約束手形(以下交換手形という)一通を振出しこれを被控訴人に交付した。被控訴人は受取人欄に訴外竹島寿子の氏名を補充し、第一裏書欄には同人の白地式裏書を得て現在右約束手形を所持している。

(四) しかるに、訴外有限会社泰永産業は同年九月三〇日支払期日の手形を決済できず倒産したため、被控訴人は右交換手形を支払期日である同年一二月三一日に支払場所で支払のため呈示したが支払いを受けられず、右手形金一四八万円およびその支払期日である昭和四九年一二月三一日から支払済まで手形法所定年六分の割合による利息相当の損害を受けた。

(五) よって、被控訴人は、控訴人の訴外有限会社泰永産業代表取締役としての職務を行なうについての重大なる過失により右損害を受けたものであるから、有限会社法第三〇条の三第一項の規定により、控訴人に対し金一四八万円およびこれに対する昭和四九年一二月三一日以降支払済まで年六分の割合による損害賠償請求権を有するものである。

四  抗弁に対する控訴人の認否

1  抗弁1中控訴人が訴外有限会社泰永産業の代表取締役であること、訴外増山進が同社の取締役であることは認めるが、その余の事実は否認する。

2  抗弁2は否認する。訴外増山進は昭和四九年八月ころその割引を目的として本件手形を控訴人へ裏書譲渡したが、他方、控訴人がさきに訴外増山進の依頼で割引いた訴外有限会社窪工作所振出しの額面約三五〇万円の約束手形が同年八月末頃不渡りになったので、訴外増山進はその手形の買戻しの資金に充当するため本件手形を譲渡したものとして、本件手形の割引依頼をとりやめたもので、控訴人は本件手形の割引金を支払う必要がない。

3  抗弁3は否認する。すなわち、控訴人が訴外有限会社泰永産業の代表取締役、訴外増山進が同社の取締役であること、被控訴人主張の交換手形の実質上の受取人が被控訴人であるが、被控訴人が同人の妻である訴外竹島寿子の氏名を受取人欄に補充したこと、裏書欄に訴外竹島寿子の裏書きがなされていることはいずれも認める。しかし、右交換手形は同社が被控訴人に対して振出した融通手形であって、被控訴人は同社に対してその手形金の支払いを請求できない筋合いであるから、同社が右手形を決済できなくても被控訴人には損害が生じない。

また、控訴人が訴外有限会社泰永産業の代表取締役に就任するようになったのは、訴外増山進が経営していた増三製作所が昭和四七年ごろ倒産し、そのころ訴外増山進から新しく有限会社泰永産業を設立するから名義上の代表取締役に就任するよう依頼され、一切の責任を訴外増山進が負うことを条件にこれを承諾したことによるものである。もっとも、控訴人は訴外増山進に対し、同社が健全経営するよう適切な指示をし、融通手形を振出すこともないよう注意し、時々訴外増山進から同社の事業内容について報告を受けていた。更に、同社には銀行で手形の割引を受けるだけの信用がなかったので、控訴人は、実質上同社が受取った手形を訴外増山進の依頼により割引いて、同社の経営を常に援助していた。従って、控訴人は手形割引を通じて常に同社の経営に注意していたもので、同社の代表取締役として任務懈怠もないし、重大な過失もない。

第三  《証拠関係省略》

理由

一  請求原因1ないし3は当事者間に争いがない。

二  そこで抗弁1、2について判断する。

1  控訴人が訴外有限会社泰永産業の代表取締役、訴外増山進が同社の取締役であることは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、

(一)  被控訴人は昭和四九年八月下旬ころ、訴外有限会社泰永産業の取締役で、実質上同社の経営の実権を握っていた訴外増山進の依頼を受けて、本件手形を同社に対しこれを第三者に割引かせて金融を得させることを目的とした融通手形として振出したこと、また、被控訴人は同時に額面七〇万円、支払期日昭和四九年一二月三一日の約束手形をも同一の趣旨で訴外有限会社泰永産業に対し振出したこと、これらに対し訴外有限会社泰永産業はその頃被控訴人に対し同様融通手形として額面一四八万円、支払期日同年一二月三一日の約束手形を振出したこと、

(二)  訴外有限会社泰永産業は、訴外増山進がさきに経営していた増三製作所が昭和四七年春過ぎころ倒産したため、増三製作所の事業を継続するために設立された会社であるところ、当時増三製作所に対し多額の債権を有していた控訴人が代表取締役に就任したこと、しかし、控訴人は同社の経営にはほとんど関与せず、同社の取締役に就任している訴外増山進に手形の振出しを含め同社の管理経営を一任していたこと、ただ、訴外有限会社泰永産業も訴外増山進も金融機関から手形割引を受けることができなかったので、同社が受取った約束手形は一たん控訴人へ裏書きのうえ控訴人の取引銀行で割引き同社の運転資金にあてていたこと、従って、控訴人が一たん同社の持込む手形を割引き、さらにその手形を取引銀行で再割引きすることとなるが、控訴人の割引率は銀行のそれと同率であったこと、もっとも控訴人は同社が倒産するまでの間に、同社から増三製作所に対して有していた旧債務の弁済として一二〇万円ないし一三〇万円の支払いを受けていたこと、

(三)  本件手形は右のとおり訴外有限会社泰永産業に対し振出されたもので、これを受領した訴外増山進が白地となっていた受取人欄に自己の氏名を補充し、第一裏書欄に白地裏書をして控訴人に割引きを依頼したものであるが、控訴人は代表取締役の地位にありながら同社の経営は訴外増山進に一任してこれに関与せず、また、訴外増山進も本件手形が融通手形であることを秘していたので、本件手形を訴外増山進から受領した当時それが融通手形であることを知らなかったこと、

(四)  また、本件手形の割引金については、控訴人がこれを訴外有限会社泰永産業に対し交付すべきところ、さきに同社が控訴人から割引を受けた訴外有限会社窪工作所振出しの額面一二四万四〇〇〇円の約束手形が同年八月末日ころ不渡りとなり、控訴人が訴外有限会社泰永産業にその買戻しを要求していた関係から、控訴人は同年九月上旬ころ訴外増山進に対して本件手形をもって右買戻し代金の一部の支払にあてるよう強硬に要求したので訴外増山進もやむなくこれを承諾しその旨の合意が成立したので、本件手形の割引金は控訴人から訴外有限会社泰永産業に交付されなかったこと、

(五)  訴外有限会社泰永産業は同年九月末ころ支払期日の到来した手形を決済できず倒産し、本件手形ともう一通額面七〇万円の約束手形の見返りとして同社が被控訴人に対して振出した前記額面一四八万円の約束手形は被控訴人が支払期日に支払のため呈示したが決済されなかったこと

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

2  右認定の事実によれば、本件手形は被控訴人が訴外有限会社泰永産業の代理人である訴外増山進に対し振出した融通手形であって、これの見返りに同社が被控訴人に対し振出した約束手形は決済されなかったのであるから、被控訴人としては、同社の代表取締役である控訴人がそれらの点を認識していたか否かを問わず同社に対しては本件手形が融通手形であることを理由に本件手形金請求を拒みうることはいうまでもない。そして、同社から本件手形を取得した(手形上の記載は受取人増山進から白地裏書を受けたこととされている)控訴人個人は同社とは法的人格を異にしているから、控訴人との関係では融通手形の抗弁は切断されるかの如くである。しかし、右1認定の事実によれば、控訴人は訴外有限会社泰永産業の代表取締役であり、金融機関で手形割引を受ける手だてを持たない同社のために自己の取引銀行で割引いていたものであるから、実体は訴外有限会社泰永産業の代表者又は代理人としてこれを取得したものであり、また、本件手形は当初は手形割引の趣旨で取得しながら先に同社のために割引いた別の手形が不渡りになるや強硬に主張してその買戻し金の一部にあてることとし、結局、本件手形の割引金は同社に交付されていないもので、しかも本件手形の見返りとして同社が被控訴人に対し振出した約束手形は同社の倒産によって不渡りになっているが、他方で控訴人は個人として同社から訴外増三製作所に対する旧債権の一部弁済として合計一二〇万円以上を得ているというのであるから、自らが有限会社泰永産業の代表取締役としての任務を懈怠し同社の経営一切を訴外増山進に任せていた結果控訴人が本件手形を取得した当時それが融通手形であることを知らなかったとしても、なお、控訴人が融通手形の抗弁の切断による利益を享受して本件手形金請求をなすことは権利の濫用にあたるものというべく、かつ、抗弁1、2の主張は右の趣旨の主張を含むものとみるのが相当である。

三  従って、その余の主張について判断するまでもなく控訴人の本件請求は失当であり、これを棄却した原判決は正当であって本件控訴は理由がないのでこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西岡悌次 裁判官 富川秀秋 西田美昭)

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